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IPCC崩壊!? [資料]

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拠りどころを失った温暖化対策法案
IPCC崩壊 それでも25%を掲げ続けるのか
2010年04月01日(Thu) 伊藤公紀

 地球温暖化対策基本法案が、大臣私案発表後1カ月もたたないうちに成案化され、国会に上程された。閣議決定がずれ込む中、土壇場で開かれた3月5日の中央環境審議会では、批判や懸念の声はスルーし、賛成派の意見にだけ言及する政府側の姿勢が目立った。達成不十分な項目の多いマニフェストのなかで、温暖化対策だけはなんとか満点で参議院選挙に臨みたいのだろう。
 鳩山由紀夫首相は、政権奪取直後の昨年9月、国連の演説でこう言った。「IPCCにおける議論をふまえ、(中略)温暖化を止めるために科学が要請する水準に基づくものとして、1990年比で言えば2020年までに25%削減を目指します」
 今からみれば、この演説どおりに事は進められた。パブリックコメントも審議会もはじめからガス抜きのつもりだったのか。党内からも「ごく少数で決められた」と批判の声があがるマニフェストの内容を金科玉条として、密室の「副大臣級会合」で拙速な決定を積み上げていくのが「民主」党では、あまりに皮肉だ。
 しかしこの間に、世界各国の温暖化対策推進の大きな拠りどころになっていたIPCCに「事件」が続発した。欧米では批判報道が相次ぎ、その信頼性はもはや地に落ちたといってよい。果たして本稿を「懐疑派論者のたわごと」と切り捨てられるか。国民には、鳩山政権の本質を見抜く眼力が求められている。(編集部)
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 鳩山政権のCO2排出25%削減の根拠は何か。それは2007年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次報告書が出した「20世紀後半の気温上昇や異常気象はCO2濃度増加による」という結論だろう。

 しかし、IPCC自体が崩壊の危機に瀕している。既にインドのように、IPCCからの撤退すら表明している国もある。権威ある科学誌ネーチャー10年2月11日号は、「IPCCを育てる?  改良する? 解体する?」という特集を組んだ。IPCCの現実を知らないでいては、日本人は世界の動きに取り残されるだろう。

 情報ロンダリングが次々と発覚

 「ヒマラヤの氷河『25年後消失』は根拠なし? 英紙、国連報告に異論」と朝日新聞夕刊(10年1月19日)は報じた。しかし疑問符は不要だった。IPCC第4次報告書に記された「2035年にヒマラヤ氷河が消失し、下流では重大な水不足」は、まったく根拠がなかった。むしろ、政治的なでっち上げといってよい。
 今この事件はグレーシャーゲート(氷河=glacier)と呼ばれている。これは、昨年発覚したクライメートゲート(詳しくは後述。ニクソン米大統領のウォーターゲート事件にちなむ)に続く、一連のIPCCゲートの始まりの事件である。
 事件の下地には、インドの氷河学者V・K・ライナが行った綿密なヒマラヤ氷河の調査があった。サイエンス誌(09年11月13日号)によれば、ライナは自分の調査に照らしてIPCC報告書に疑問を感じ、「ヒマラヤ氷河が急激に衰退している証拠はないし、もし衰退していても水不足が起きることはない」という主張をインド環境森林省の報告書として発表した。

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 IPCCを支持するインド人氷河研究者S・I・ハスネイン(後に意外な役を果たす)は、ライナの主張を「非科学的」と非難し、インド政府に対しても「大災害が迫っている現実から逃避している」と責めた。しかし、各国の氷河研究者の意見はライナの結果を支持していた。IPCC報告書の統括執筆責任者(上図参照)の一人であったインド人大気科学者M・ラルは、「2035年ヒマラヤ氷河消失」の件について説明を求められ、はっきりしない情報を基にしたことを認めた。しかし彼は、この見解はIPCCで十分に認められていると主張した。
 なお、伝えられているところによれば、IPCC議長のR・パチャウリ(インド出身)はライナの研究に対して激怒し、「ブードゥー(黒魔術)科学」とすら呼んだそうだ。
 ここで終わっていたら、「そういう意見もある」という程度で済まされ、IPCCも権威を失うことはなかっただろう。しかし、この件は、クライメートゲート事件の勃発により意外な展開を見せた。英国の気候研究機関からEメールが大量に漏れたこの事件の内容が明らかになるにつれ、一部の研究者の独善的な思惑がIPCC報告書の作成を左右していることが疑われるようになった。ここから、IPCC報告書を見直す動きが始まり、「2035年氷河消失」の真相が見えてきた。
 調査によれば、「2035年」の情報の出元はなんと、ライナとインド政府を非難したハスネインであった。彼はかつて一般科学誌のニュー・サイエンティスト誌から氷河についてインタビューを受け、「数十年でヒマラヤ氷河がなくなる」と大げさに言ったらしい。それをヒントにして、2035年という数字にしたのは取材した記者だという。この記者が、他の研究者が出していた2350年という数字と混同した、という説もある。次に、この記事を環境保護団体であるWWF(世界自然保護基金)の報告書が引用した。そして、WWFの記事を、ラルがIPCC報告書のアジアセクションの章に引用したのである。間違った情報や噂が引用されるたびに権威付けられていく「情報ロンダリング」の構図である。
 上図にあるように、IPCC報告書は、信頼性を担保するために、同業研究者が匿名で審査する「査読」という過程を経て学術論文誌に掲載された論文だけを引用することが原則となっている。IPCC報告書の中でも、自然科学分野を扱う第1作業部会(WGⅠ)では、この基本がほぼ守られている。しかし、社会への影響を扱う第2作業部会(WGⅡ)では、WWFの報告書をはじめ、査読されていない文献が多数引用されていた。
 IPCC報告書からは、非査読文献を洗い出す、という単純なやり方により、次々と誤りが発覚した。これらはまとめて「IPCCゲート」と呼ばれている。根拠薄弱な情報が、IPCCの権威でロンダリングされ、CO2による温暖化・気候変動が脅威という仮説を誇張するのに使われたのである。

 ずさんなチェックシステム

 グレーシャーゲート事件で浮かび上がった深刻な事実はまだある。IPCC議長のパチャウリは、自身が主宰する研究所TERIが財団から助成を受ける際、例の2035年という数字を使っていた。また、ハスネインはTERIの職員であった。彼は後に、「2035年が間違っていることは知っていたが、立場上、パチャウリ氏には言えなかった」と語っている。
 IPCCの構造的な問題も明らかになった。IPCC報告書には、信頼に値するレビュープロセスがあるとされてきた。多くの著者が書いた個別の報告書は、多くの専門家によって読まれ、レビュー(意見)が付される。ここで「2035年」のような異常な記述にはチェックがかかりそうなものだ。それができなかったのには理由があるはずだ。
 WGⅠの報告書を担当した氷河の専門家G・ケイザーが語ったところによれば、彼は査読が終わったヒマラヤ氷河の原稿を見て、「専門家なら誰でも分かる馬鹿げた間違いだ」とIPCCに報告したが、彼の助言は容れられなかった。つまり、問題の箇所は専門家が書いたのでもないし、専門家が目を通してもいなかったのだ。しかも統括執筆責任者のラルは後日、「間違いに気付いていたが、その方がインパクトが強くなると思った」と語っている。
 ちなみに、当該章の査読編集者は西岡秀三氏(元国立環境研究所参与)である。西岡氏はWEDGE編集部の取材に対し、書面で「必要な指導を担当著者に行ったが、十分に反映されず遺憾」と回答したと聞くが、それで済むのだろうか。
 明らかに、IPCCの各作業部会の独立性は過剰だった。また、各報告書が約1000ページに膨れ上がり、現在の執筆・査読のシステムにとって負荷が過大となっている。こうして、素人が書いた確信犯的な間違いが素通りする構造ができあがってしまったのである。「IPCCの結論は2500人を超える最先端科学者が総意で出したもの」という表現は、実態とかけ離れていると言わざるを得ない。

 作られた温暖化人為説

 このようにして、IPCCの中立性と権威は失われた。しかし、急に失われたのではない。第3次報告書の時点で既に危うかった。この報告書の目玉は、20世紀後半の気温上昇が異常であることを示した「ホッケースティック(HS)曲線」(下図B)だった。これは、事実上捏造に近かった。
 米国M・マンのHS曲線は、複数の誤りから生じた。第3次報告書に取り上げられた初期(99年)のHS曲線は、不適当な樹木年輪データと、数学的ミスの産物であることが分かっている。その後、08年に出た最新バージョンのHS曲線では、重要なデータの温度が高低を逆にされたために20世紀の気温急上昇が生まれた。なぜここまで無理を重ねたのか。疑惑を抱かれても仕方ないだろう。
 過去・現在の気温変化についての科学的知見は次のような変遷をたどっている。IPCC第1次報告書の図(下図A)は、過去気候研究の第一人者であるH・ラムが著書に載せた「推定気温」が採録されたものとみられる。これは気温データのない過去について、古文書の記述から気温を推測したもので、イギリスでワインが作られた中世温暖期と、テームズ川が凍った小氷河期を見ることができる。
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 その後、世界各地で採取された樹木の年輪試料や、グリーンランド等で採取された氷床コア試料の分析が進み、温度計がなかった時代の気温の代替値が報告されるようになった。これをまとめて、地球平均気温を算出したのがHS曲線のM・マンである。多代替指標法という彼の発想は良かった。しかしデータ処理の間違いで20世紀の気温急上昇という誤った結果を生んだ。
 第4次報告書では、HS曲線は他の曲線群に埋もれている(前頁の図C)。そして、中世温暖期・小氷河期がはっきり分かるデータも目立つ。最新の技術を使って報告された気温の代表的なデータ(前頁の図D)でも、中世温暖期・小氷河期は明確である。そして、20世紀の気温が特に異常ということはない。もちろん、これが最終というわけではないが、気候科学はHS曲線の呪縛から逃れつつあるのではないだろうか。
 しかし呪縛はまだある。それはここ数十年の温度計実測による「地球平均気温」である。まず、データ自身が怪しい。10年で0.1℃の変化を検出するなどという高度な測定には、厳密な管理が必要だが、実態はお粗末極まりないことが分かっている。例えば、全米で1200箇所ある気温測定サイトでは、大半の温度計が駐車場や建物の傍らに置かれ、温暖化の傾向が強く出てしまっている。
 しかも環境政策的には、このような平均値にはあまり意味がない。むしろ、地域・局所における大きな気候変動に対処しなければならない。例えば、今年の冬は北半球で大量の降雪があり、フロリダでは海獣のマナティが凍死したと報道されたが、衛星で測定されている地球平均気温はむしろ高めだった。CO2を減らせばこのような気候変動が減ると思っている人もあると思うが、決して減らない。それは、自然変動が大きく、また地域・局所ではCO2以外の人為的要因の影響が大きいからだ。
 自然変動としては、太陽・海・雲の変動が重要だが、よく分かっていない。前図の気温変動は太陽活動の変動とよく対応しているが、その原因は不明である。筆者は、太陽から飛来する磁場と北半球の気候を支配する北極振動との関係に注目している。
 人為的要因としては、地球規模の影響が分かってきたスス(着色エアロゾル)が重要である。インド・中国等での低質燃料の使用が原因となって発生するススは、大気循環に乗って近隣のヒマラヤはもちろん、北極域まで達する。降着したススは太陽光を吸って氷を融かす。北極域で最近観測されている2℃程度の気温上昇のうち、6割がススのためという報告もあるくらいだ。ちなみに、北極海の氷が激減した大きな理由は、風で吹き流されたことらしく、最近は回復しつつある。この他にも、土地利用や窒素化合物による富栄養化なども重要と言われている。

 CO2削減の優先は危険

 地球気候システムはまだわからないことだらけであり、まさに研究途上である。IPCC報告書の結論は、良くて勇み足、悪く言えば恣意的だった。全てをCO2で説明し、政策に結び付けようとするのは、余りにも単純だった。その非現実性や危険性に世界が気付き始めている。
 環境政策は多様であるべきだ。それは現実が多様だからだ。多様な現実に単一の価値を適用するのは、経済学者・倫理学者A・センの言う「合理的な愚か者」であり、日本の25%削減目標は危険であると言わざるを得ない。

 では、どのような具体策がありえるか。CO2削減は気候変動と切り離して(デカップリング)、エネルギー政策として長期的展望の下で行うべきである。ダイエットでも、急激にやると体重と一緒に筋肉が減り、免疫も衰える。まず、基礎代謝を増すために、筋肉を付けるのが賢明である。気候変動枠組み条約でも、「各国・各地域の持続可能性を損なわない限りにおいて、温室効果ガスの濃度を安定化する」とある。これは健全なダイエットをしなさい、ということだ。
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 気候変動の原因は、地域・局所によって異なる。従って対策も異なってよい。例えば、中国の火力発電から生ずるススやSOX(硫黄酸化物)は、地球規模の気候変動だけでなく、自国の洪水や干ばつにつながっている可能性が大きい。また、呼吸器障害による年間数十万人の死亡の原因となっている。日本としても、その越境汚染は他人事ではない。このような状況下で中国がとるべき道は、CO2削減ではなく、ススとSOXの削減だろう。日本は、優秀な火力発電技術を持っているので、大いに協力・貢献できるはずである。

 IPCCの信頼が失われた今、CO2を環境の単一価値とする世界像は虚像と化した。地域・局所の多様性に基づくWin-Win政策による多様な価値観の共存共栄が、来たる世界の将来像として蘇るべきだ。CO2の呪縛から逃れさえすれば、技術立国日本がそのためにできることは少なくない。

◆ 「WEDGE」2010年4月号
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