『白い粉』(星新一) [読書]
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白い粉
公園のベンチに、老人がかけていた。目の鋭い、子分を連れた男が来て、声をかけた。
「あなたかね、電話をくれたのは」
「そうだよ」
「白い粉があるそうだが、ほんとうかね」
「このカバンのなかさ。薬局は店じまい。老後を楽しもうと、自分で作ったのだ」
「ちょっと、さわらせてもらうよ」
子分が老人の服にさわり、カバンを持ってみて、報告した。
「金属製のものは、ありませんね」
そのあと、老人が男に言う。
「お金をいただき、このなかの品を渡せばすむわけだが、ここではまずいね」
「そりゃあ、そうだ。近くのホテルに、部屋をとってある。歩いてゆくか」
「お供を連れてじゃ、目立って変だろう」
「もっともだ。帰してしまうよ」
二人だけで、ホテルの小さな部屋に入る。老人は、浴室のトイレのそばに立って言う。
「金はあるんだろうな。奪おうとしたら、ここへ流しちゃうよ」
カバンのなかから、白い粉の入った袋を、いくつか出して見せた。男はうなずく。
「わかった。役に立つ才能の人は、大事にするよ。金は用意してきた」
男のカバンのなかには、札束があった。老人は、それをのぞいた。
「すごいな」
「一袋だけ、渡してくれ。品物を調べたいのだ」
「取引だから、むりもない」
老人は一袋を投げた。男は封を切る。
「きれいな結晶だな」
「名人芸だよ。仕上りがよくなくては」
男はなれた手つきで、粉を少しつまみ、舌の上にのせた。短く叫び、胸をかきむしり、倒れ、息が絶えた。
「その袋の残りは、持って帰るか。来た刑事が、ふとなめると、ことだし。不注意な人間が、ふえてるからなあ」
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短い話だが面白い。こんな話が書けたらよいなと思います。
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